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第4部 46-49 シコースキーのオレがニコースキー by36

I'm Brian Patrick Sikorski, not Nitkowski.
(以下翻訳職人による訳)

 ブライアン、人生ってやつは、何が起こるか分からないから面白いんだよ。
そう私に教えてくれたのは小学校のときの先生だった。
もちろんそんなことは頭では分かっていた。
でも、そのじつ彼の言うことを心から分かってはいなかったのだろう。
 実際、「あれ」をやるためにはるばる極東の日本まで来たということ自体、
私には予想もつかないことだったのだ。
私の人生はセントメアリーズ川の急流に浮かぶちっぽけな枯葉の小舟のように、
抗うこともできないままに翻弄されてきた。
ああ、とはいえ神様はなんとうれしい偶然を用意していてくださったのだろうか。
きょう、私はチバ・ロッテ・マリーンズと契約を交わした。
これが神様のお導きでなかったら何だと言うのだ?
私を呼んでくれたヤマモト監督はすでにチバにはいない。
そして、かつて私と契約しなかったボビー・バレンタインがマリーンズの監督だ。
そのボビーがまさか私をマリーンズに呼び戻してくれるなんて、
小学校の先生だって思いつかないはずだ。

 トーキョー・ヤクルト・スワローズで過ごした半年はもちろん素晴らしかった。
フルタさんはクールなメガネをしていた。
ミヤモトさんはいつも素敵なDVDを見せてくれた。シロイシのワイフは美しかった。
何よりも、ジングー・スタジアムに来てくれるファンは優しかった。
彼らはいつもトーキョー・オンドという非常にオリエンタルな
フォークロアソングで傘を振り回していた。
私も、ヤットナーソレヨイヨイヨイ、という部分をタカツさんに教えてもらって、
そこだけは歌えるようになった(ほかの部分は難しすぎたのだ)。
スワローズ球団と、スワローズの選手のみんなと、
スワローズファンの皆さんには本当に感謝している。
少なくとも彼らには、トーキョー・ジャイアンツのように理解しがたい扱いはされなかった。
それでも、マリーンズが声をかけてくれたとき、私は迷わずチバに行くことを選んだ。
チバ!あの素晴らしい街にまた帰れるのだ!

 チバのことをよく知らない人にとっては、チバはイメージしにくいかもしれない。
だが、日本に行ったことがある人なら、その記念すべき最初の一歩は
たぶんチバだったはずだ。
チバには東洋でいちばん大きい国際空港があるのだ。
この空港はニュー・トーキョー・インターナショナル・エアポートという名前だったが、
トーキョーまでは40マイルも離れており、私が初めて日本に降り立ったときには
詐欺に遭ったような気持ちになったものだ
(いつのまにかナリタ・エアポートになっていたが)。
 チバにはディズニー・ランドもある。
ここもチバなのにトーキョー・ディズニーランドという。
一度、チバの山のほうに行ったことがあるが、まるっきりカンザス州のような、
どうみてもトーキョーとは似ても似つかない田舎にトーキョー・ドイツ村というのがあったが、
とにかくチバにある大きな施設にはしばしばトーキョーという名前がついている。
つまり、チバ自体にはローストピーナッツとナノハナエクササイズと
ジョージアマックスコーヒー(トーキョーですらない、ジョージアなのだ!)のほか
何も無いのである。
 それでも、マリーンズの本拠地があるマクハリは我々アメリカ人にとっては
非常に暮らしやすい街だ。
チバにはウォルマートはないが、カルフールがある。
前いたときには無かったのだが、今ではイケアもあるし、驚くなかれコストコもあるのだ。
およそアメリカ人として何不自由の無い生活がチバでは送れる。
車が非常に多すぎて東京方面へドライブするのはほとんど不可能だが、
それ以外は文句はない。

 そして、何よりもチバはファンが熱狂的だ。
私がいたころはチバの球場にそんなに人は多くなかった。
ちょうど、今年のスワローズと同じぐらいだったと思う。
しかし、その時ですらチバのファンはどのチームよりも大きな声で応援をしてくれた。
私がマウンドに上がったときに「あれ」をやると、
まるで私がスティービー・ワンダーでもあるかのように大きな歓声が沸いた。
スワローズにやって来てすぐ、ジングー・スタジアムでマリーンズと対戦する機会があったが、
その時ですら彼らの大声援はスワローズ・ファンよりも大きかった。
前に私が書いたことを思い起こしてくれるとわかると思うのだが、
私はあのグルグルをより多くの人に見せ、賞賛されるために野球をやっていると言ってもいい。
瞬間にすべてを集中するために、試合前は極力何もしゃべらないというぐらい、
私は「あれ」をやることに精力をそそいでいる。
とすれば、私が野球をやるべき場所は、トーキョーではなく、あの大声援のあるチバなのだ。
 聞くところによれば、ボビー・バレンタインは私がいなくなったあと
素晴らしい手腕を発揮し、マリーンズを優勝へ導いたという。
そして、それ以降マリーンズのファンはますます増え、
あの美しいスタジアムはマリーンズファンで溢れかえっているのだそうだ。
ああ、03年よりも飛躍的に増えた大量のファンが大声で私の名前を呼んでくれるのだ。
そこで、「あれ」をやったらどんなに気持ちがいいだろう。
私はその衝動を抑える術をもはや持たなかった。
スワローズファンの皆さん、不義理な私を許してほしい。

 いまやチバには、私の球を受けてくれたシミズマサウミもいない。
センター前ヒットをアウトにしてくれたコサカさんも、
ファウルフライを落としたハツシバさんもいない。
ジョニー・クロキもいなくなった。
いつも青い顔をして先発マウンドに上がったヤブタはメジャーに行くほどの選手になったという。
そして、いつも私がマウンドを託していたクローザーのマサまでも、
クリーブランドへ行ってしまうそうだ。
マリーンズファンはあのドラマティックなピッチングを見られなくなって
さぞかしガッカリしているだろう。
ならば、マサに負けない、ドラマティックなピッチングを見せるしかないではないか。
チバのファンは是非期待してほしい。昔より多めに回している「あれ」と、
昔よりドラマティックになった、私のピッチングに。
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Author:邱俊雄
2ch@プロ野球版のスレ「許銘傑のオレが豊田さん!第2部」に連載中の36氏のコラムを中心に集めています。

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